日々是好日毎日御元気

ワタクシの身近に起こったさまざまなことを 面白おかしく(??)お届けしておりますです~~

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『きずな』というと、切ってはいけないものの様に思うけれど、よくよく見るとこれってばさ、「糸が半分に切れてる」のがくっついてるんだよね。
親子の関係を思うとそれがよく分かるような気がする。言い切れないのはまだまだ私が発展途上中の親だから(笑)
昔見たテレビ番組で、中村メイ子さんが「自分の子供は大きくなったら手放すものだから、はじめっからそのつもりで育てているのよ」と言ったのを聞いてうわぁスゲーと思った。
そのころの私は上の子が2歳半で下の子が生まれたばかり、今まさに親になったところだよん、と言う時期にこの言葉を聞いた。
目からうろこだったわね。
手の中の子が、自分のものじゃないんだと言われたようだったわね。
だからかな、その言葉がずっと頭にあって、それを基本にしているところがいまだありますね。
べったり、と言う親子関係もあると思う。なんていうか、親がきめなければ1つも先に進まないとか、逐一親に確認するとかね。例えばお友達と買い物に行って、欲しいものがあったけれどお金も持ってるんだけれど親に聞かなければ絶対に買えない、そういう子もいるわね。実際小さい時の私がそうだったもん。親も自然と子供はいうことを聞くものだと思っていたみたいで、結局私は親の言うことしか聞かない子供でずっと居たわけなんだけれど。
おかしいと気が付いたのは一人暮らししてからかな。
なんにも出来ないんだもん。食べると言う行為すら、一人だとまともに出来なくて1年も経たずに栄養失調になった。でもがりがりに痩せたと言うんじゃなくって反対にぶくぶくと太った(笑)
おかしかったと思う。私と親のこの関係は、絆ではなくて「おんぶ」だったんだな。
今はもう自分がどんなことを出来てどんなことが考えられるのか、よく分かっていると思うしそうなりたいと思っている。自分だって親である前に一人の人間だ。人間としてまともに考え生きていくことができずになぜ親として子を育てられるのか。
子供が思春期に入ったら親も同じく思春期に入るのかしら、なんだか最近こういうことばっかり考えてるわけなんだけれど(笑)
親しくしていただいている方の日記のこういう内容が書いてあった。
『手放すことを恐れないでいることが出来れば、かけがえのない絆を築くことが出来る』と。
他人とそれを繋ぐのは難しいことだろう。とても勇気のいることだし、たいていの人がそこを見誤る。『かけがえのない絆』は切ってはいけない絆ではない。切っても大丈夫と信じることの出来る絆なんだ。
いつか自分の元から飛び立つ子供たちと、その絆が繋ぐことができればまず第一の段階をクリア、と言うことになるんじゃないか。
親として何が出来るか、なんて難しくも面倒なことを考える前に、子供のことを『大丈夫』と信じてあげることだ。
そうすることが出来た時、親として一人前になる・・・・・んじゃないかなぁ(ワハハ まだ自信ない)
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