日々是好日毎日御元気

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一期一会

来年明けてすぐに東京国立博物館にて日中の名筆の系譜を辿る特別展が開かれるという。

書は小さい時、ずっと習っていた。
きちんとした字を書くという、その『習い事』は自分の中では絶対的なもので、住んでいたそこを親の仕事の関係で離れるまで、8年間ずっと続けて一応段までとった。楷書を極めるという理由で高校生の時に習っていたのは『九成宮醴泉銘』だったが、これがね、よく言われるのは「初心者のお手本」なんですが難しいんですよ。基本が1番難しい、そのまさにお手本のようなものです。

いろいろな形の書があるが、まぁ身近だと良寛和尚の書はすばらしいというけれど、これは真贋の見極めが難しいといわれている。きれいな字はやはり真似たいとも思うものね(・・・そういうことじゃないって)
新聞記事で読んだその中で、詩人の大岡氏は「書は一期一会の精神を持って書かねばならない」と言っている。すっと筆で引いたその一文字は、そのときの瞬間のものだけであって上からもう一度なぞるわけにいかないのだ。
ああそうか、と思った。
重ねてこの書の心を表わすに近い芸術形式は『舞踏』ではないかとも言っておられた。舞台で踊る舞踏手がその手とその身体で描き出す一つの線は、観ているものにとっても舞っているその人にとっても永遠に一度限り、そうして次へと繰り返すその舞は一度限りの立体になり、観ているものへの感動と成るのだ。

そうなんだ、と思う。
人により、感じ方と言うのはさまざまで例えば私が綺麗と思ったものでもその瞬間を綺麗と言ったのだとわかってもらえなければ、私が言った綺麗と言うのは誰にも伝わらない。
たとえ綺麗と思っていなくても、誰かが綺麗だったと言えばそれを何故感じられなかったのか悔しく思う時がある。
この一本が書きたいがために精神を集中して、息を殺して書いた書もあれば、ただこれを伝えたいと言う一心で書いた書もある。
感じ方、そして表現方法。それは書き手のもので。
観方、そこに感じる眼福は誰のものでもない、私だけのものだ。
流れるような書を見て、私なんかは半分もわからないのに手が動き出したくなる時がある。書き手の中に何があったのか、それを感じながら観るのもいいしそこに観る力強さに圧倒されるのもいい。
絵画と違い、書はそこに生活観を垣間見る事もある。達筆、と感心して読んでいくと中に書いてあるのは借金の懇願だったりした時の「がくっ」っとした感覚は、絵画では得られないものだったりする。うーん笑い話みたいなものですかね(笑)

そのときしか得られない何かがある。
その一瞬感は観る側にとってもとても大切なものだ。
どんなにいいと人に言われたからと言っても、その人と同じ感覚がもてるともいえないしきっと自分自身でも時が変われば違ってくるものなのだ。
ならば今この一瞬で感じるものを。
例え誰に伝えてもわかってもらえなくても、大切にしよう。
筆に吸わせた墨で一本の線を引くように、二度とないのならなおさら。

『書の至宝 日本と中国』
門外不出や国宝級も出品されるそうです。あああ、行って見たいものだと指を咥えて羨ましがってます。
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