日々是好日毎日御元気

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記憶の中の人たち

もう2年になると思う。
インターネットでホームページを初めてすぐに出来た友人(といっていいのだろうか)が、旅先で亡くなったと連絡があった。
これは言い訳になるが、わたしはその頃はまだ今ほどパソコンに詳しいわけではなく、またメールもそれほど利用はしていなかった。
だからだと思う、その連絡に気がつくのに1週間以上間が開いた。
連絡をくれた人は、その友人ととても親しくしている人だった。
インターネットと言うつながりの中で、なん百キロも離れた間を越えて、モニターに現された表現と言葉と、そこに脈々と流れる感情にふれあい、語り、きっと恋愛感情にまで開花した間柄だったのだと思う。
その悲しみは計り知れない。
想像するしかないが、もしかしたら身近な人の死よりも悲痛なものだったのかもしれない。
すぐ傍にいけない、感情だけで繋がっていた人の、それはあまりにも突然のことだっただけに認められなかったのかもしれない。
その後、残された人は自らのホームページを閉じてしまった。

このことは、何度か思い出されては私は深い後悔を覚える。
私が何か出来たとか、どうできたと言うことではないのはわかっている。しかし、共有してあげることが出来なかった。
ともに辛いと言うことを語ってあげることが出来なかった。
語る必要はなかったのかもしれない。
ただ、すぐに気づいてあげることが出来れば、また違う場面があったのかもしれない。
だから後悔する。
私は何も出来なかったと後悔する。

先日から、この彼女のことをふと思い出して、今はどうしているのかと思い出す。
かなりきれいな写真を撮って、それは見事なサイトを作り上げていた人だ。
出来ることならもう一度、その世界に触れたいと切望する。
そう考えてわかったのは、私は羨ましかったのだと言うことだ。
その人の繋がりを、その世界観を、そうして一時でもともに生きた時間を持ったその二人を。
傍で見ているだけでよかったのに、もうそれが叶えられない。
ああ、これは渇望だと気がつく。

何を、なぜ、どうして、私は欲しがるのか。
記憶の中の人は教えてはくれない。
ただそこで、鮮やかに見せてくれた記憶を残していくだけだ。

先日の村瀬明道尼僧の言葉を思い出す。
死んでしまってはおしまい、生きているからこそありがたい、と。
私にこれから先何が待っているのか、考えることも大事だがまずは先に進むこと。
ありがたいという想いを忘れずに。
記憶もありがたい一つの財産なのだから。
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