日々是好日毎日御元気

ワタクシの身近に起こったさまざまなことを 面白おかしく(??)お届けしておりますです~~

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人とのわかれ

私は自分で思っているよりも躁鬱の高低が激しいわけなのだが、どういうわけか躁状態のときに突き落とされるようにして鬱に陥ることがある。
いや、一般的にもそうなのかもしれないが、これがやってくると這い上がるのにだいぶ時間がかかるしへたするとなかなか戻ってこれない時がある。
つい先日そうだったんだけど。
揺り返しと言っていいのかもしれないが、ひとつのことを成し遂げるとそれまで見ていなかったものに対してそうなることが多い。一番身近な人とかがね、まるで裏切るように心が離れていくのは辛いものなんだよ。
手放したくなかったから、どうするか考えた。
全部手放したくはなかった。ならどうするか考えた。

言われたのは「一緒に死んでくれ」だった。
誰がって、思うでしょう?私もそうだった。ここで死ぬわけには行かないんだよ、残すものが多すぎる。それをわかってるはずで、できっこないことを平然と言う人が信じられなくなった。
それからだ、なぜそんなことを言われなければならないのか、なぜそんなことを言うのか、考え出すと後は自分を追い詰めるだけで、出てくる答えは自分が要らないからだ、というものになった。

必要のないものはいらないものなのだから、存在する必要がない。
所謂消去法ね、そう考え付くのは実は一番楽な方法だと、わかっているくせに必ずそこに行き着く。
堕ちてしまえば簡単だというのはその所為で、自分が必要がないとわかった時点で思考も行動も停止する。
さてどうなるか。
今回の私は、その点実に偉かったと思う。我ながらね。
自分の思考と行動に抵抗することにした。必要がないといわれるのなら、他の場所ででもいいから必要とされる人間になろう、他の場所に自分の居場所を作ろう、そう考えた。

新しいことをしろといわれ続けるのは、この自分の深層心理にも影響されているのだと思う。
意識と無意識の狭間で、今の場所にはいられないと訴えているのがわかる。
でもいないといけない。見捨てることは出来ない。離れないと決めたのだから、私からは離れていかない。

この思考が、なんとも非現実的であると見せ付けられたのは昨日だ。
現実の別れはもっとこう、淡々としかも生々しく、否応無しに攻めてくると気が付いたのは昨日。
私のしていることは、絵に描いた餅のように現実のない浮ついたものだと教えられたような気がした。
教えてくれた人はもういないのだから、こんなことを今更気がついても仕方がないのかもしれないが、人は簡単に死んでしまってはいけないのだ。
それをまざまざと教えられた。

もう苦しむことはないのだろうか。
もう悩み怒ることもないのだろうか。
それでも、それがいいと思ってはいけない。

生きていてこそ、と言うことはこのことだと、あなたは教えてくれたね。
ありがとう。

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