日々是好日毎日御元気

ワタクシの身近に起こったさまざまなことを 面白おかしく(??)お届けしておりますです~~

Entries

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  • [No Tag]

彼女は自分すらも騙したかったのか

しばらく前に就学前、もしくは就学児であろうが何であろうが、子供が被害に遭う事件と言うのはそれがいかなる理由があったにせよ、そんなものは認めることはできないし、する必要性はないと談じたことがある。

今朝、あの秋田の事件の容疑者(今だ容疑者なのだね)が自分の娘も自分が殺したんだと供述を始めた、と言うニュースを見た。
これは一体どういうことだ、と言うのが最初の感想。
私たちはそりゃ、疑って見ていたというのはあるし、疑わしいとなれば最初に疑われるのは身内だろうと思っていたのはそりゃあるよ。
でも、さ。
私も二人の子供の母親として、どうしてもわからないのはだったらなんで生んだんだよ、と言うことなんだよ。
身勝手だからとか、若かったからとか、そんなことで終わりにさせられる子供の方はどうなるんだよ。
子を産む性として、これだけは絶対に覚えておかなければ成らないと思うのは、生むことと生まないことは自分が選択することであって、強要されて生んだわけじゃないってことで、だったら生んだ時点で「生まなかった」と言う選択肢は自分で取らなかったんだとよく自覚しなくちゃならない、と言うことなんだ。
後から殺す権利はないんだよ、生んだ時点で。
逆手に取らないで欲しいのは、だったらお前は子供を生むなと言ってるのか、と言うことだ。
そんなことは言ってない、生むと決めた時点で「育てる」というのは義務であって権利ではなく、その子の「生きる」と言うのは権利であって、それを奪う権利はたとえ生んだ母親だろうが「あるわけがない」と言うことなんだ。

子供を持った時点で彼女は何を考えたんだろう。
そこから自分を騙し続けてきたのだろうか。その子は自分の子だと理解出来てたんだろうか。命があると、わかっていたんだろうか。
自分勝手に生きたかったら、騙し続けるしかなかったのか。子供がいるという自分を、見ない振りをしていたんだろうか。
その理由はきっと聞くに堪えないものなんだと思う、だけど彼女はそれをしてしまったんだ。で、それを自分の中で正当化するために、もっと重ねて犯さなければならなかったんだ。悲劇を。
身勝手、自分勝手と言ってしまっていいわけないだろう。そんな言葉で理由付けできるわけないだろう。

騙せると思ったのだろうか。
自分の人生を。
それを思うと、胸が苦しくなる。
スポンサーサイト
  • [No Tag]

*Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。