日々是好日毎日御元気

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臓器提供に思う

しばらく前に見た堤さんの映画が公開されている最中に、脳死判定と臓器移植のことが朝日新聞にずっと掲載されていてそれはついこの間まで続いていたんだけど、臓器を移植された側の話が前半で移植する側の話は後半に紹介されていたように記憶している。そこでの話を読むまでは「移植を希望する」=「誰かの死を待つ」、「移植に同意する」=「家族の死を受け入れる」のような印象があったのだけれど、移植される側の命と移植する側の命って対等というか50:50なわけで、それを「どう生かすか」というのに対して今生きている人がどう向き合うことが出来るか、と言うことなんだなぁと、なんだか以前よりも漠然とした印象になっちゃったようであれ?と思ってるんだけど。

フレキシブルと言うかね(笑)そのときになったら考えようよ、というかね。
これだからこれ、と言うイコールな印象じゃなくなったのね。

特に今の家族の同意があったら移植が出来るように法案が変わってからは、その「気分」がもっと強くなった。
なので娘たちには使っていいと思えるようなもんがあったら使ってよ、と言ってるけれど、やっぱり意思表示カードは持ってようかなぁと考えてる。
前は眼だけOKで持ってたんだけど。


臓器移植に反対の意見の人も、賛成の人も、それはどっちが正しいかと言う話じゃないんだもんね。
本人の意思表示がなくても臓器移植が出来る世の中になったから、移植手術をしないと命は長くならないと言う人は誰でも移植手術を受けなさいと言う話でもないし脳死状態になったらだれでも臓器移植に参加しなさいと言う話でもない。
制限がゆるくなったと言うことは考え方に自由さが加わったと考えられるけれど、この「自由さ」って本当は一番慎重で一番覚悟のいることなんだと思う。


生きていくのも大変だけど、死んでいくのはもっと大変、なんてことのない世の中になっていってもらいたいものだわ。
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